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現在工事中です。新しいブログへどうぞ・・・。

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現在、工事中、考慮中です。

このプログラムは破壊されましたので・・・悲

新しいサイトにこの際、乗り換えることにいたします。

⇒ 『新・おやじのブログ』です。どうぞ宜しく。汗

お知らせ(重要)

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本日2008年5月6日ですが、当サイトの全ブログのみならず、各大手サイトのブログシステムに大量のスパムが送りつけられているようです。
毎年、年末、年始、お盆、5月のゴールデンウィークなどの恒例行事?となっている模様ですが、弊社のブログも3基、本日未明に直接被害に遭い、運行できなくなりました。

このため、緊急の措置として、弊社の全ブログ(一部例外を除き)のテンプレートを変更させて頂きました。

このことにより、トラックバック、コメントなど今後は一切できませんので、よろしくご了承くださいませ。

腑侶鍛漢方医学研究所 橋本

差額ベッドって何なんだ

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差額ベッド料のご請求は・・・

社保協がとりまとめたところによると・・・

「患者への充分な情報提供を行い、患者の自由な選択と同意に基づいて行われ」

「同意の確認は、料金等を明示した文書に患者側の署名を受ける」

「特別の料金を求めることができるのは、患者側の希望がある場合に限られるものであり、

救急患者、術後患者、治療上の必要から特別療養環境室(差額ベッド料を請求できる病室)へ入院させたような場合は、

患者負担を求めてはならない」という厚労省通知が事実存在する。・・・・ということであるが、

実際に現状と比較すると矛盾点が多々ある。

私のような浅学な者はせいぜいブログでうだうだと言うのが精一杯ではあるが・・・。しかし、この差額ベットは

実際に入院してみないと、その過酷な現実はわからない。

過酷というのは、患者側の家族の負担ももちろんであるが、実は病院の経営本体をも揺るがしかねないこの
過酷な現状なのである。

差額ベッド料が1日20万です。と言われたら、まず我々のような一般庶民は引いてしまう。
でも実際に払えるお方が世に存在するわけで、全く恐れ入る。もちろん至れり尽くせりらしいのだが・・・・。

逆に、1日当然のことであるが1日千円ですと言われたら、本来喜ぶはずなのだが、逆に・・・そんなに安くて
大丈夫なのだろうか?・・・と案じてしまう・・・・・・こういう世の中ってすごく悲しい。

つまり最低1日5000円で設定すれば一ヶ月15万円~は世の常識になっているということで、
民間保険の世界でもごくごく当たり前のことであるが、実際には月間20万円でも足りない。ここ2~3年間
のことである。

高度障害医療を実施しているところは、家族にとってランニングコストの元凶でもある紙オムツ代が
異常に高騰している。石油資源から由来することらしいが、とにかくここ数年でオムツ代の負担が
激増していると言えよう。

平成14年度厚生労働省保険局医療課調べでは、

豪華な個室から4人室までの、差額ベッド代がかかる部屋の料金を表にしたものを以下発表している。

もちろん1日の料金である。

1,000円以下 11.2%
1,001円~2,000円 16.8%
2,001円~3,000円 15.9%
3,001円~4,000円 11.1%
4,001円~5,000円 11.6%
5,001円~10,000円 22.3%
10,000円超 11.3%

これは5年前のデーターであるので、全く信頼できないが、この金額全てに1.5倍
を乗じれば現在の金額が想定できよう。

現在の国立て有名な東京のT病院が、月間18万9,000円である。
私立の病院はさらに20万超は当たり前で、少し良くなると30万はすぐにいく。

これに高度障害医療で保険適応の医療費はもちろん無料であるが、
適応外の医療費〔疾病によりいっぱいある〕、家族の交通費、食費、見舞いかかる諸雑費
を入れたら月間40万~50万。

年金の問題も予想通り、うやむやとなり、市県民税や消費税の値上げ、さらに医療費の高騰
が続くであろう。

全くお話にならない世を迎えたもんだ。

〔めぐ代理代筆〕

目薬

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ここ、気が遠くなるほどの長期間、私は病臥に伏している親族のもとに通っている。

通っていても、私が例え側にいたとしても当人は意識不明のまま、チューブだらけで、すやすや気持ち良さそうに寝ているだけである。

長期になると、さすがに病人は体重も減少し、もう既に半分近くになってしまい、元気な時の顔の様相とは悲しいかな一変してしまう。

面会謝絶の集中治療室へは私しか入室は許可されず、例えマスクをしていても咳を一つしようものなら、IC専門看護師から注意されそうな緊迫した部屋。

脳幹のダメージが広範囲で、情動反応はまず無い。

痛みを感じず、意識も無く、昏睡をただ維持している生命装置とモニターだけがせわしなく動いている。

ある日、当人の左目にめやにがいっぱい固まっているのを発見した。

目の縁をそっとめくってみると、結構多く詰まっている感じがする。

やっと人間らしい生体反応を見る心地がして、妙に嬉しくなり、早速、涙目専用の目薬をゆっくりとさすことを試みる。

薬局をやっているので、目薬はいっぱいある。

何度か目薬をさし、かさぶた状の目やにがふやけるのを待つことにした。

次に柔らかいガーゼでそっと拭ってみると大きな塊がぽろっととれた。

もちろん看護師や医療スタッフの看ていない時にこっそりやってみた事であるが、こんな無能な私にも少しはお手伝いができたのかと思うと、気分がいつもになく良かった。

私と当人との無言の対話は現在もなお、続いている。

空白の時間を埋めることはできぬが、今の私は精神的な苦痛は感じない。
人間の存在するという意義がいかに重い事であるか、つくづく感じる秋の夜長である。

24 TWENTY FOUR

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先日、ひさびさに洋画なるものをDVDで拝見した。

アメリカのFOX製作のテレビドラマ(海外ドラマ)シリーズ 24 TWENTY FOURをDVDにしたもので、現在まで発売しているシリーズはシーズン4までと聞く。

面白いから見てごらん・・・と某医局当直医の備品?ドクターからお借りしたものの、なんとDVDで50枚近くもあるから、とんでもない2枚だけお借りします・・・と、言ってお借りした。

見る場所も時間もあまりないので、ノートパソコンにイアホーンを差込み、見始めたがなかなか面白い。

1枚はストリー上では約2時間の進行になるが、それを断続的に拝見し7日間かかった。

なんと2時間ストーリーを延べ168時間かかった計算になる。

全部をこのペースで見ようとすると単純に8,064時間、つまり336日もかかるので、小生には無理だと途中で半ば挫折し断念している。

ただ、あまりにも奇想天外なストーリーなので、興味津々、主人公が勤めるCTUなる管理室のセットにはただ驚くばかりだ。

マック、ナショナル、ソニーと銘柄品が司令室に目白押しで、その画面を見ているだけで面白かった。

テロ対策ユニット (Counter Terrorist Unit、略称:CTU) は米国に実在する国家テロ対策センター(National Counterterrorism Center、略称:NCTC)
がモデルで、テロの容疑者や組織に関わる全ての情報を集めて分析し、他の情報機関や捜査機関に提供する事を目的としているそうな。

詳細は24―CTU/テロ対策ユニットの真実 (単行本) (マーク セラシーニ)という本も発売されている模様。

この映画を見ていると、ファイアーウォールや他のバリアーでコンピューターでガードしていても、いとも簡単にハックされてしまうという感じがよく描写されており、そら恐ろしくなった。

もっと見たかったのだが、見ていて途中の眼薬の消費も激しく、2、3日してから自身がCTUのスタッフになってしまう夢を見た。

小生に、まだ報告がでていない、衛星画面に早く切り替えてとせかされたり。

なんだ、口がきけないのか?とか。電話にすぐ出ろとか、会議に遅刻するなとか、一生懸命仕事をしているのに、超ボインの金髪女性上司からお前はスパイだとか言いがかりをつけられ、白状?しろとか???拷問に遭い、夢でひどくうなされてしまった。

白状しろと言われても、知らんものは知らん!とワシも頑固にたちむかったのだが、朝起きて疲れた。

1週間後に、ドクターに、疲れました・・・。と言ってDVDを返却をしたのは言うまでもない。

タバコを五日で止める方法

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タバコを五日で止める方法

先日、タバコがやめられない、困った。。。という会社員の方から投書がございました。

何か、漢方で止められる、つまり体質改善??もしながら、ニコチンから離脱したいとのご希望。

あるわけないです。
そんな漢方あったらプロたん薬局は、もっと繁盛します。

それでは、何故、永年喫煙されていたタバコをおやめになるのですか?
と、お聞きしましたところ、特に理由はないが体に良くないからという理由らしい。
では、体に良くなくて何故、40年間も喫煙されていたのですか?
と、さらにツっ込みましたところ・・・。

家内からいつも言われている。
嫁に行った娘からも孫は抱かせないと警告を受けた。
会社の同僚も止めている。
家の中で吸うなと言われた。
新車だから吸わないでと言われた。
服がヤニ臭いと言われた。

と、言うことで、総て周囲からの抵抗による動機のようでした。

これでは、やめられません。絶対に。

まず、なぜ自分が今まで吸ってきたんだ、という原点に立ちませんとタバコは止められません。

薬局が言うのも変な話ですが、高額なニコレットをお求めになっても結局は無駄というものです。
ですから、当薬局では禁煙補助剤は取り扱ってはおりません。

今回、タバコは値上がりになり、確か20本1箱、300円?ぐらいであったと思います。

40年間365日、1箱~2箱ずつ喫煙しますと、500万~1000万円の消費。
家屋1軒をご購入される一部資金には十分に充当できるはず。
非喫煙者からすれば、実にもったないハナシかも知れません。
これは、自身として大きな動機になるはずです。

それから、加齢するに従って、生活習慣病をはじめ多くの疾病を考慮に入れねばならぬことは、小生が言うまでもない事ですが、ヘビースモーカーはオペ(手術)時に施行する全身麻酔時に支障をきたすというのは、あまり知られていないようで。

手術スケジュールが予め決定していれば、禁煙をすれば良いのですが、緊急手術(例えば事故等)時には問題となります。

疾病を抱え、近い将来オペも実施するかも知れない・・・という方はこれを機会に禁煙という一つの動機づけになるはずです。

会社の上司が、非喫煙者になった。喫煙者の部下は出世できない。

昔はセコイ話として通用しましたが、とんでもない現在は外国企業をはじめ「健康自己管理意識」という人事評価の一環として取り扱われているようで。

米国では管理職らが喫煙で及ぼす循環器疾患が、長期企業への貢献度を損失させるという価値観で、非喫煙者への伏流煙による被害を考慮し、場合によっては解雇という大手会社も有ると伺っております。

近年の日本もいつかはそのようになるでしょう。
出世したい方はどうぞ禁煙されてください。
出世したくない方はどうぞ税収補填をされてください。

さて、本題のタバコを三日で辞める方法。それはウソです。無理です。五日かかります。

当たり前の話ですが、総て、喫煙に関するもの、灰皿、ライターに至るまですべて処分することから始まります。

三日我慢するのは、誰でもできると生理学的に言われているようで。
つまり、どんなにヘビースモーカーも三日間経てば、体内のニコチンは「抜ける」と言われており、なんとか過ごせるのです。

この時に、ニコチンガムを摂取しては何もなりません。さらに残留が遅くなり、いたずらに期間を延長することは自身の意思がぐらつくものです。

問題はその後の二日間が勝負です。
一般的にヘビースモーカーの場合は、概ね1時間間隔で、約2分間の禁断症状(短い場合は約30秒)、
つまり「吸いたい」気持ちが反復して湧いてきます。

これを乗り越える方法は、口の中に何かを含む、何かを加える、体を動かす、別の事を念じる。
あとは、禁煙する苦しさを自虐的に楽しむ。(過去のプロたん式禁煙方法)
「この苦しさは、また格別幸せだ、この苦痛をくれた神に感謝、体に感謝」

・・・いろいろとあるかと思いますが、概ね50回ほど襲ってくる「吸いたい」発作。を、乗り越えれば、6日目の朝は「到達」でございます。おめでとう!

一週間後のあなたはレストランのノースモーキングコーナーで美味しく食事をしていることでしょう。
自分にもご褒美をあげてください。

この時点で、友人らに「やめた」と公言してもはじまりません。絶対に黙っていましょう。
聞かれたら、「とっくに止めた」と軽く言えばよいのです。

現在では既に「非喫煙」が美徳でも美談でもなく「当然」という位置づけになっていることを申し添えて小生の拙い話しは終わりでございます。

「書く」行為について

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最近の若いモンは「書く」ことを知らないと親父連中らから耳にする。

果たしてそうであろうか?

これら、オヤジらに直接その理由を聞いてみたら。昔は手紙で書いたが、今時の連中らは携帯電話で「話す」ことから始まると言う。
だから、ワシらの時代にはそんな便利ツールなどなかったから、恋文も紙で書く時代があり情緒があったと自慢げに話す。

果たしてそうであろうか?

とんでもない間違いであるとワシは思う。

正確なデーターについては、ワシはとんとわからぬが、お若い方々が持っている携帯電話は、既に電子メールツールへ移行していると言ってよいほど、
過言ではないはずだ。

誰かとおしゃべりを延々と、携帯電話でする時代はとっくに終了し、現在はいかに「美しく」、「スマート」にメールを送信するかということ、
又は携帯電話で活用できる別のカテゴリー、例を挙げれば「TV」、「音楽」、「地図」、「電子マネー」等・・・・ありとあらゆる情報付加が優先される。

だから、メール(手紙)は日々書いている(正確に言えばタイプしている)はずである。少なくとも前者のオヤジ連中らよりも・・・。

だから、むしろ「話さなくなった。」と、いや高い通信料を払ってまで「話すこともなかろう。」と言うのが正しい理由であると思う。
駅の構内や、携帯禁止の病院の中まで堂々と、紅顔無恥に大声で携帯で話しているオヤジらの方がダサいし、
若い方々の相手の状況を尊重した「メール」。つまりタイムリーなやりとりの方が、余程能率的であるように思えてならない。

人は文を書くことが好きな動物だ。
大袈裟な話、人類は書くことを覚え、進化し歴史を書きとめながら、さらに進化してきたと思う。

パピルス(紙)、石版、竹簡、亀甲、壁、果ては今日の電子化されたディスプレイに至るまで、様々なものの上に書き記してきた。
書く欲望がほとばしる「筆記」という動作に変化し、それが節となり文章となり、ある時は他の者に感銘を与える文学として変革してきた。

文字を覚え、書くことを知り、さらに「残す」という歴史づくりの喜びはおそらく人類しか味わえない、この上もない喜びであろう。
作文は最初は誰でも苦手であるが、他の者に評価を受けて、又は批判されて、初めて「生きる」。

作文は、単なる学習の課題であるだけでなく、思考をまとめ、表現する活動としても重きを置かれている。
欧米の大学では、「Writing」として教養課程で作文を実施しているところもある。
日本の大学教育では、比較的軽視されている傾向がある。

だから「書く」ことを知らないなどと、ワケ解らんことを言う親父がいるのも事実だ。

周知のように、電子メールは「書く」というより主に指を使用してキーボード、又は携帯電話のキーを指で押して作成する。
鉛筆で書くという作業はないが、文字変換も瞬時にすませ、つらつらと文章を綴り、「ピッ」と相手に送信できる。
受け側も、即、相手の意思を確認把握できるからとても便利だ。
だから、一般的な「手紙」である葉書や「封筒による手紙」は公式文書、冠婚葬祭用と考えている人々が既に半数以上いるのではないかと思う。
インターネットの進化とともに、電子メールの発達はめざましく、物凄いものがある。

メールはインターネットの普及以前にコンピュータ通信手段として広く行われていた。
いわゆるパソコン通信でも、加入者同士で文書のやり取りを行うシステムが「電子メール」として提供されていた。

ただし、パソコン通信では、一般的に、通信が1つのパソコン通信システム内にとどまっていたので、
他とのシステムとの間での電子メールの交換機能などの相互通信機能は、一部のケースを除きほとんどなかった。

また、各パソコン通信システムごとに独自のシステムが構築されていた事が多かったため、
ユーザインタフェース等についても互換がなかった。
しかしその後、インターネットの普及に伴い、大手パソコン通信システムとインターネット間で相互に通信が可能にもなった。

メール友達(メル友)も、流行になった時期があったのも記憶に新しい。

インターネットが普及し始めた頃(あるいは現在も)はBBSの書き込みやブログのコメントさえも含めて「メール」と呼称していたライトユーザが多かった。
また、携帯電話やPHS間でごく短い文字メッセージ(メール)をやりとりする、ショートメッセージサービス
(SMS、iモードなどの携帯インターネット接続サービス開始前より行われている)も、広義の電子メールに含まれると思う。

日本では導入経緯から、e-mail、EメールはRFCに準拠した、UUCP/SMTPのプロトコルを使用した電子メールに限って用いられてきた。

最初の電子メールは1965年、汎用機上のタイムシェアリングシステムの複数ユーザーが相互に通信する方法として使われ始めた。
正確なところは不明だがその類の機能を持つ最初のシステムとして、
SDC(ランド研究所からのスピンオフでSAGEのソフトウェア開発を行った会社)のQ32システムとMITのCTSSがある。

電子メールは間もなくユーザーが異なるコンピュータ間でメッセージをやり取りするための「ネットワーク電子メール」に拡張されていく。
1966年には異なるコンピュータ間で電子メールを転送していた。
(SAGEでの詳細は明らかではないが、もっと早い時期に実現していたかもしれない)

ARPANETは電子メールの発展に多大な影響を与えた。
その誕生直後の1969年にシステム間電子メール転送の実験を行ったというリポートがある。
BBN社のレイ・トムリンソンは1971年にARPANET上の電子メールシステムを開発し、初めて@を使ってユーザー名とマシンを指定できるようにした。

ARPANETでの電子メールの利便性と利点が一般に知られるようになると、電子メールの人気が高まり、
ARPANETへのアクセスができない人々からもそれを要求する声が出てきた。

タイムシェアリングシステムを代替ネットワークで接続した電子メールシステムがいくつも開発された。例えばUUCPやIBMのVNETなどがある。

1982年、ホワイトハウスは国家安全保障会議(NSC)スタッフのために IBM の電子メールシステム Professional Office System (PROFシステム)を採用した。
1985年4月、このシステムがNSCスタッフ向けに完全動作するようになった。
1986年11月、ホワイトハウスの残りの部分もオンライン化された。
1980年代末ごろまではPROFシステムだけだったが、その後は様々なシステムが導入されている(VAX A-1(オールインワン)や、cc:Mailなど)。

ま、そんなわけで、今日は電子メール⇒掲示板⇒ブログと、変遷してきた。
ペン⇒キーボード⇒PDAペンスキャナーとは一概には言えないが、この先「書く」という行為がどのように変化していくのかとても興味がある。

ほとんど誰とも「会話」をしなくなった自分。
それでは、果たして「書く」ことはできているのか?

最近、そのようなことを、ふと思った小生である。

8月7日原稿
「めぐ」

パーキンソンのご質問について

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先日、四国にお住まいの薬学生さん、Sくんからとても感動的なメールを
頂きました。
おっしゃる通り6年間は長いかも知れないが、考えようによっては短い期間です。しっかりと勉強されてください。
明日の薬業界の担い手となるわけですから、鉄は熱いうちに、何とかですよね。
それで、ご質問の現在の臨床で行われているパーキンソン病の薬物療法の件、ご興味あるとの由、承りました。

こんな浅学の小生ですが、病院時代を思い起こしながら、さらに現在薬局を運営しながら考えたことなど、書き連ねてみました。
あまりご参考にならないと思いますが、ご返信とさせて頂きます。

メカニズムの話しから入ります。
ほとんどお勉強されていると思いますが、再確認の意味でお読みくださいまし。

そもそも、パーキンソン病の基本的な病態は、ドパミン作動ニューロンである黒質線条体系の機能低下ですね。
ドパミンは血液脳関門を通過しないので、その前駆物質であるレボドパを投与して脳内のドパミン濃度を上げる一種の補充療法であるわけです。薬理の授業で習いましたね。

そこで、配合剤は単剤に比較して、

?レボドパ量の節減(単剤の1/4~1/5量で同等の効果) 
?消化器系の副作用が少なく、有効量まで増量しやすい 
?効果発現が速く,安定性が高い 

などの利点があるため、通常は配合剤が使用されます。
但し、ジスキネジアは単剤より出やすいし、
カルビドパとベンセラジドでは、効果に本質的な差はないと言われております。

単剤の方が使いやすいのは、次に小生が述べますup and downなどの効果不安定現象の出現時に、レボドパの少量頻回投与を行う場合です。

レボドパ(単剤,配合剤とも)は、長期投与で効果が不安定となり、up and down、wearing off、on offなどの現象が出現してきます。
投与間隔や1回投与量の調整、単剤の頻回投与、他剤(特にブロモクリプチン、ペルゴリド、タリペキソールなどドパミン受容体刺激薬)併用で調整いたします。
もちろん薬物でコントロールできない場合は、脳深部電気刺激や淡蒼球破壊術の適応となることはご承知のことと思います。

次に、Sくんが言われていた副作用についてですね。まとめてみました。ついでにその対策も。この実際の対策については、
つい先日、大学病院の医局へ直接かけあってお聞きしたホットなデーターです。ご参考ください。

●副作用とその対策

1.副作用

?消化器症状(食欲低下、嘔気・嘔吐) 
?ジスキネジア、舞踏様不随意運動 
?せん妄(特に夜間) 
?幻覚(通常は幻視)、妄想

2.対策

1)まず減量する。

2)せん妄の場合は夕刻~夜間に生じやすいので、夕方以降は投薬しない投与法とする。

3)消化器症状に対しては鎮吐薬(ドンペリドン)を併用。

4) 精神症状とジスキネジアに対しては、抗ドパミン作用のある薬物を併用することがあるそうです。

作用の緩徐な順に、ベンザミド系(チアプリド、スルピリド)、フェノチアジン系(クロルプロマジン、塩酸チオリダジンなど)、
強力なものにハロペリドールがあり、症状に応じて選択すると聞きました。
ただし、鎮吐薬、抗ドパミン作用薬ともに、パーキンソン病治療薬と拮抗し、パーキンソン症状を必ず悪化させるので、
可能な限り使用を避けるということです。

やむを得ず使用する場合は,副作用に注意して少量に留めます。

次に抗コリン薬についてのご質問でしたが、
これは、かつてはパーキンソン病(および症候群)の薬物療法の中心でありましたが、レボドパ登場後は首座を譲ったいきさつがあります。
筋固縮と振戦に対する効果が高いが、無動、寡動に対する効果は劣る。
パーキンソン病の初期・軽症例や振戦の強い例では第一選択薬として使うことができる。
症状が進行し、無動が強まればレボドパ製剤を併用する。
パーキンソン病以外の原因のパーキンソン症候群には、レボドパより有効なことがある。

作用機序は大脳基底核線条体のコリン作働ニューロンの抑制です。
それにより、黒質線条体のドパミン作動ニューロンの機能低下によって生じた、コリン作動系ニューロンの相対的機能亢進状態を抑制することにより、ドパミン系とコリン系のバランスを回復させるものです。

次に副作用:

?抗コリン作用、とくに口渇と口の粘り感 これは有名ですよね。
?せん妄,幻覚(とくに高齢者,痴呆を伴う患者) 
?尿閉、便秘 
?記銘障害

さて次に登場する有名薬剤
塩酸アマンタジン

線条体のドパミン作動ニューロン終末部からのドパミン放出を促進することにより、パーキンソニズムを改善。

通常はレボドパに併用されるが、軽症例には第一選択薬としても用いられることはご存知だと思う。

副作用として、幻視、妄想、せん妄などの精神症状が出現しやすい。これが臨床上かなりやっかいだ。

脳卒中後の精神症状(意欲低下など)に使用する場合は、副作用の幻覚やせん妄が出やすいので、少量投与(50~150mg/日)といたします。これがコツです。

次に、
ドパミン受容体刺激薬へいくよ。

麦角アルカロイド誘導体(ブロモクリプチン,ペルゴリド)と非麦角アルカロイド(タリペキソール)があります。
中枢神経線条体のドパミン受容体を刺激することにより、レボドパに似た効果を示します。

ブロモクリプチンとタリペキソールはD2受容体に選択的に作用するのに対して、ペルゴリドはD1受容体,D2受容体の両者に作用する。これ知っていました?

次に、
モノアミンオキシダーゼB阻害薬 とても重要です。
セレギリンは線条体シナプス間隙において、ドパミンを分解するモノアミンオキシダーゼBを阻害することにより、ドパミン量を増加させ、効果を発揮いたします。
これは、多分病理で習ったと思います。忘れたら、教科書をもう一度ご確認くださいね。

本剤は、ドパミン神経終末からのドパミン神経毒取り込みを阻止する作用によって、パーキンソン病発症に予防的に作用するとする学説もございます。
実は小生も同感です。

本剤はそもそも抗うつ薬として開発されたました。

お次は、
ノルエピネフリン系作用薬
ドロキシドパはノルエピネフリン前駆体で、体内でアミノ酸脱炭酸酵素によりノルエピネフリンに変換されるます。
Yahr?度以上のパーキンソン病のすくみ足に対しては、レボドパの効果が不十分な場合に、本剤を併用することにより、ドパミン系と共に低下しているノルエピネフリン系に作用して、すくみ足を改善するんです。

パーキンソン病以外のパーキンソニズム(変性疾患,脳血管性など)の歩行障害に有効なことがございます。
また、昇圧作用により、中枢性あるいは末梢性の自律神経障害による起立性低血圧、失神、立ちくらみを改善いたします。
過度の血圧上昇を生じることがあるので、注意しながら少量から増量いたします。これは小生が言わずとも、ほとんど常識でございます。

さて服薬指導上の注意です。重要です。

抗パーキンソン病薬がパーキンソン病の運動障害の特効薬であることは、患者自身が一番よく知っているし、薬物に対する信頼度は高いということ。念頭におきましょう。
薬剤によって長所、短所が異なり、増量により副作用が出てくることをよく説明してください。

長期治療患者では薬の種類と服用量が増加し、それにつれて副作用は増え逆に効果は減弱します。
しかも服薬法は長期患者ほど複雑になります。
患者の症状や病期に合わせて、最大の効果が得られ副作用が最小になる薬の組み合わせと服薬法を、医師、患者と共に工夫することが大切なのです。これも知っているよね。

さてさて、小生が言うのも変ですが、分かりやすく飲みやすい調剤も大切であるということ。

さらに抗精神病薬、ベンザミド系の鎮吐薬と消化器運動改善薬(メトクロプラミド、チアプリド、スルピリド、シサプリドなど)は、
ドパミン受容体阻害作用があり、パーキンソン病治療薬の効果を相殺します。ご存知でしたか?服薬指導時の大切な確認です。

これらが同時にあるいは他医から処方されていないかどうかのチェックも、薬剤師の重要な仕事です。

次に今度は小生の経験論を踏まえての追伸記述です。ご参考頂けると幸甚ですね。

薬はよく効くが副作用もあること、症状の特徴や病期によって、患者ごとに薬の適量や服薬法が異なることをよく理解して対応するということ。
高齢患者は複雑な服薬法を理解できないこともあるので、家族の協力を得ることも必要であるということ。
重症度が上がるにつれて排尿障害、便秘、摂食困難などの介護上の問題や、医療以外の様々な生活上の悩みが出てくるので、看護・介護面での生活指導も不可欠であるということ。
Sくんの情熱でしたらできると小生は信じております。

次に、次世代の薬剤師が必要なこと。訪問管理指導についても書きましょう。
きちんと服薬する。
急に服薬を止めてはならない(症状の急性増悪や悪性症候群を起こして、危険な状態になることがある)。
服薬法と服薬時間は、患者ごとに最も効果的な方法を採る。
各種の抗パーキンソン薬の長所と短所を患者によく理解させる。
運動機能維持のために適度の運動を毎日続ける。
自力でできることは他人に頼らず自分で行う。
脳定位脳手術の適応は、必ず担当医に相談して決めるということ。物凄く最前線では留意することです。
患者さんの症状が微妙なため、医師らと必ず連携をとり慎重に行動することが、訪問薬剤管理の重要事項なのです。

以上、ごく基礎的な話しで退屈されたと思いますが、返信と回答とさせて頂きます。

右足のハナシ

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電車の中で、書き留めたブログなので、まとまりのない文章となり
ご容赦いただきたい。

生来からの神経痛が悪化し、自分で言うの変だが生業(なりわい)としている漢方で、
随分と痛みが改善しました。

疎経活血湯(そけいかっけつとう)という処方でございます。
血行や水分循環を改善し、また痛みを発散して治していく漢方処方です。
その作用から、関節痛や神経痛、腰痛や筋肉痛などに適応すると言われております。
証としては体力が中くらいの人で、皮膚が浅黒く、ときに浮腫をともない、足腰が冷えて痛むときに適するという方剤
で、服用してかれこれ三ヶ月になりますが、「痛み」には良く効くようです。
小生は趣向として煎じ薬しか服用しませんので、 各種生薬パーツを取り寄せて、自身でブレンドして
作りました。以下、使用した生薬です。

当帰(トウキ)
川きゅう(センキュウ)
芍薬(シャクヤク)
地黄(ジオウ)
蒼朮(ソウジュツ)または白朮(ビャクジュツ)
茯苓(ブクリョウ)
桃仁(トウニン)
牛膝(ゴシツ)
陳皮(チンピ)
防己(ボウイ)
防風(ボウフウ)
竜胆(リュウタン)
白し(ビャクシ)
生姜(ショウキョウ)
威霊仙(イレイセン)
羌活(キョウカツ)
甘草(カンゾウ)

疎経活血湯の「経」は血液や水分の経路のことで、その経路の疎通をよくして、血液循環・水分代謝を活発にするという
意味がこめられます。明時代の「万病回春」という古典書で紹介されている処方です。

また、一般的に証(体質)は、中間証(体力中くらい)、寒証(冷え)、血虚(貧血・血行不良)、湿証(水分停滞)となります。

神奈川県のF様、メール頂きましたが、ご参考にして頂くと幸甚でございます。

さて、漢方薬の宣伝みたいなブログになってしまいました。
実はどうしても、右足のかかとから、膝にかけて以前から麻痺感がひどく、各種プロテクター・サポーター、物理的には
貼るホカロンなど、いろいろと使用しましたが、この痺れだけはなかなか改善しませんでした。

自動車の運転を断念したのもそれがきっかけになりました。

親族に病人が複数おり、その介護やら手伝いやらで、仕事の合間に外出しておりますが、この右足だけは困ったもので、
疲労してきたり、多忙になるにつれて言うことを聞いてくれません。

愛用の黒檀ステッキからは手が離せませんが、痛みが去ったものの最近は過労も重なり、この痺れが悪化しました。

上りは良いのですが、下りの階段が怖い。駅の構内の混雑で、後ろから押されるとバタリと倒れてしまう。

何度も新宿駅山手ホーム、品川駅連絡通路で押し倒されたことでしょう。朝のラッシュはまさに格闘技となります。
先日、駅の混雑時に後ろからどつかれ、案の定、押し倒されたのですが、小生の背中の上に信じられないほど
肥満された年配ご婦人がのしかかって参りました。私は「受身」の体勢で倒れこんだのですが、ご婦人は全体重をまともに
のせてこられ、「むぎゅうっ」「がーん」と、小生はぺちゃんこになり、顔面をコンクリートの床にたたきつけてしまいました。
あろうことか、さらにその後方から二、三人の人が折り重なり、暫くそのご婦人と床でもがいておりました。

小生はおでこと顎を擦りむき、ご婦人のハンドバッグをどうぞと差し上げると、彼女「痛いでしょう、なにやってんの!」
怒鳴られてしまいました。痛いのは小生の方なのに・・・。
すみません、お怪我は・・と言うと。「バカ。」と、言いながらハンドバックをひったくるようにして、雑踏に消えていきました。
ああ、重かった。こういう場合は一番最初に倒れた方が悪いのかどうか、法律的に小生はわかりませんが、
とにかく小生が「バカ」なのだそうです。
知り合いの看護師さんに治療途中、怪我の事情を話したところ、それは押し倒した方が当然加害者になるとのことで、
笑われました。
その親切な看護師さんの紹介で、南品川にいる「鍼灸師」の名人をご紹介して頂きました。
ご高齢(とうに80過ぎ)の先生で、この秋には後継者もおらず、閉院するそうです。
鍼と聞くと、あまり乗り気ではなかったのですが、親切過ぎる?看護師Hさんが半ば強引に予約をされましたもので、しぶしぶ行ったという
按配でございます。

まだ、2回目ですが、うそみたいに効きました。痺れはまだ本質的には改善しませんが、全然違う、今までと。
きちっと両足で立っている感覚が蘇りました。実感がわかるんです。凄いですね。
院長本人はたった一人のスタッフで、二代目なのだそうです。小僧さんの時から初代(義父)から習い、学校を卒業してから
この仕事一筋で延々とされてきたとの話しをして頂きました。
子供がおらず、ご子息は養子で、医者として現在大学病院で活躍していると自慢しておりました。
立派なものです。それと、とても残念なことは、心臓病を患っており、子息のドクターストップもあり、事実上もう仕事は
よほどの「義理」がない限りしないそうで、私が多分最終最後の患者なのだそうです。
それでは、申し訳ない、もういいです。と、言ったら、Hくんは生真面目な看護婦で、昔医局で私の息子も世話になった。
息子にはとっくに彼女から連絡ついているはずだから大丈夫だ、気にするなと、言われた。
私の、体全体を最初に診た院長は、うーーんとため息を漏らし、お若いの、酷使しすぎだね・・。と呟かれた。
酷使?何をですか?
腎も脾もすべてじゃ。どうせ、病院でくだらん治療を受けたんだろう。治るわけない。
??
今日はね、かなり痛いし、あなたにとっても時間があまりないでしょう。少々厳しい治療だが、大丈夫かな?
どうぞ、存分にお願いします。(内心はハラハラ・・・。)
それから、1時間は経過しただろうか・・・。

私の体全身は、鍼の山と化していた。頭だけでも10本以上はあろうか、足の先に至るまで・・・当初は正直痛かったが
不思議と無視できた。

しかし、凄い筋肉と体力だね。相当昔は鍛えたんでしょう。毛穴が全部開いている。ハナシにならんなぁ。
普通ここのでの施術はまず無理だよ。
患者がネをあげるからね。我慢強いなぁ。あなたとは、不思議なご縁だねぇ。Hくんは元気かね?
!はぁ。・・・とても感謝しています・・・。

・・・とわけわからん話ばかりで、あとは耐えるのに必死で、汗まみれ・・会話はほとんど記憶にございません。
これも名人のなせる業なのでしょうか。よくわかりませんが。

帰りの電車に乗ってつり革につかまった時、踏ん張れる右足に気がつき、「ははぁーん」と、大声を出してしまった。
周囲の乗客は怪訝そうな顔したことであろう。

都合5回で終わりです。院長の声が涼しげだった。
5回・・・。と、言うことは、あと4回か・・・なにか後ろ髪引かれる心地がする。あと4回で、院長も引退なんだなぁと
思うと、とても寂しいし、同時に光栄に思い、さらに「人の巡り合い」にあらためて感謝した。

そんなわけで、眼から鱗のような、小生の鍼治療であるが、現在小生が携わっている漢方も同様の東洋医学。
院長が言われるように「これもご縁」かも知れない。
少し、鍼灸の話しなど小生はするガラではないが、拙い記憶を辿っての聞きかじりを述べてみよう。

鍼灸(しんきゅう)とは、身体の特定の部位に鍼や灸を用いて皮膚または経絡に刺激を与えることで、病気を直す東洋医学の治療法をいう。
日本において鍼灸を業として行う場合は『はり師』『きゅう師』(それぞれ単独免許)が必要とのこと。
なお、鍼は必ずしも人体内に刺すものではなく、皮膚をこするだけのものや押すだけのものも存在するそうです。

鍼灸の発生起源は詳しくは分かっておりませんが、戦国時代には灸はすでに用いられていたそうです。
馬王堆から発見された医書は、灸に基づいており、鍼による治療法はないとのことです。

一方、現存最古の医書『黄帝内経』では鍼治療にもとづいて書かれており、
前漢中期頃に灸から鍼への理論的確立がなされたと考えられます。

『黄帝内経』の『素問』の異法方宜論では鍼灸、按摩の起源が記されているが真偽の程は定かではありません。
鍼灸の初期は疼痛部に対する処置であったが、陰陽五行思想と融合し、また経絡学説や臓象学などと結びつき、
経穴に対して施術を行う形になっていったという経緯がございます。

その昔、鍼灸は湯液や外科手術などと共に医家と呼ばれる人々が行っていたわけです。
有名な医家として『難経』を記したとされている扁鵲や三国時代に活躍した華佗、
『鍼灸甲乙経』を編纂した皇甫謐などが居ます。

宋代から元代は鍼灸を含め医学分野の充実が見られますが、金元医学の中心は主に湯液によるもので、
元の滑寿は『難経本義』の中で「難経などの古い鍼灸書を捨てて、新しい湯液に走るのは薮医者である」と諭しているようです。

1822年、清王朝は宮廷医院内の鍼灸科の廃止を宣言するなど西洋医学の流入と共に伝統中国医学の衰退が始まりました。
中華民国時代、袁世凱は伝統中国医学を禁止しようとしたが強い反発にあったという話しも読みました。

中国共産党の時代に中医を正規の医学として認可するまで中医廃止派と中医派の対立が続きました。
中医を勉強されている方々でしたら周知かと思います。

やがて正規の医学として認可すると、逆に冷戦時代にはアメリカやソ連を中心とする西洋文明に対抗し、
東洋文明の価値を宣伝するべく鍼灸治療をメディアに紹介したわけです。

改革開放の波に乗って市場経済社会主義を標榜するようになってからは、中国国内での鍼灸への評価は多様化しているようですが、
一方では一種の「頭脳流出」ともいえる現象も起きていて、
優秀な中医や鍼灸師がよりよい活動の場を中国国外に移住するケースもよく見受けられるようになりました。
実際に日本に帰化されてご活躍の先生も大勢いらっしゃいます。

日本では、鍼灸は遣隋使や遣唐使の伝来と共に伝わったと言われています。
鍼灸の伝来と共に鍼灸は律令制度に取り入れられ、日本の医療の一部として浸透し始めました。

丹波康頼の『医心方』には鍼灸の条文が記載されていますが、鍼の使用法については外科的なものばかりであり、
現代のような金元明医学の鍼法とは大きく異なります。

灸法についても、現在のような経脈(経絡)を意識したツボ(経穴)の使用法ではなく、
特効穴的な選穴か、鍼と同じく外科的な使用法でありました。

これらは『千金方』や『外台秘要』などの影響であり、隋唐代医学そのものと言って過言ではないでしょう。
ツボや経脈が現在のような使用法に至るには、曲直瀬道三のような明代医学の伝来を待つしかなかったようですね。

室町時代から江戸時代に入って日本鍼灸は大きく発展しました。

『鍼道秘訣集』の夢分斎、打鍼術を発明した御薗意斎、
『素問諺解』、『難経本義諺解』、『十四経発揮和語抄』など中国の文献の解釈本を多く出版した岡本一抱など、
この時代は多くの人物を輩出しましたが、
特に杉山和一の功績は大きいと思います。

杉山和一の考案した管鍼法は日本の主流の技法となっているようです。
又、盲人であった和一は盲人の鍼灸術修得のため鍼治学問所を設立したのも有名な話です。 

明治時代になると、近代西洋文化の流入に従って、明治政府が西洋医学の導入と共に漢方医学の排斥を進めました。
鍼灸もその例に漏れず、明治時代から大正時代にかけて鍼灸は衰退をたどってしまいました。とても残念です。

昭和に入ってから第二次世界大戦やGHQの統制で鍼灸の存続が危ぶまれましたが、
医学博士石川日出鶴丸や全国の鍼灸師の働きにより昭和22年(1947年)12月20日身分法として
「あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法」が公布されたのです。

また、鍼灸の衰退に対して復興運動が昭和初期から起こりはじめました。
「古典に還れ」と提唱した柳谷素霊とその元に集まった岡部素道、井上恵理、本間祥白、福島弘道などが経絡治療を体系化したのもこの頃です。

他にも澤田流太極療法を考案した沢田健、『鍼灸重宝記』を記した八木下勝之助などが古典を元に鍼灸の復興に力を注ぎました。

昭和58年、鍼灸を専門に研究する初の四年制大学である明治鍼灸大学が開学しました。
そして、
昭和63年、「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」の改正により、
知事免許であった資格が国家資格となったわけです。

そして、今このことを電車の中でニタリと笑いながら、右足を摩りながらPDAに書き込んでいる小生がいるのです。
健康に感謝。合掌。

「めぐ」橋本

ああゲノム

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今、必死になって勉強中のゲノムについて恥ずかしながら、ごく基礎的な事項を記述してみました。
7月上旬の原稿でございます。

どうしても解らない部分があると、メールで大学時代の同級生に尋ねるのですが、
その旧友(助教授)は小生にはとても冷たく、そんなにゲノムに興味があるのなら、寝袋持参で研究室へ泊り込みで来いと。

二三ヶ月も研究室で勉強していれば、お前の頭なら、ほんの「さわり」ぐらいなら習得できるだろうと言われた。(笑)
もっともこの話にはオチがあって、彼が研究室で30年間こもって研究しても「わからない」学問なのだそうだ。

最初、彼とメールで会話した時、「なんだ簡単じゃん・・・。」と、言った自分があほでした。

ゲノム (genome) は「ある生物をその生物足らしめるのに必須な遺伝情報」として定義されます。
すなわちその生物の遺伝子の総和でございます。

遺伝子「Gene」と、全てを意味する「-ome」をあわせた造語であり、英語ではジーノムと発音されます。
複数の染色体からなる二倍体細胞においては全染色体を構成するDNAの全塩基配列を意味することもあります。

1920年にH. Winklerによって配偶子が持つ染色体の一組として定義されました。ご存知のことと思います。
後にコムギの研究を通して木原均(1930年)がある生物をその生物足らしめるのに必須な遺伝情報として概念的に定義し直しました。
高校の理科でも習ったと思います。
忘れましたか?
通常二倍体細胞においてはその半数体に含まれる遺伝情報を意味するということ。

半数体ヒトゲノムは約30億塩基対からなり、体細胞は2倍体であるため約60億塩基対のDNAを核内に持っていいます。
分裂酵母では3本の染色体DNA上に、大腸菌やミトコンドリアでは一つの環状DNA上に保持されております。

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)のようなレトロウイルスではRNAが媒体になります。新聞にもよく掲載されていた時期がありました。

遺伝子数とゲノムサイズは必ずしも比例しなません。
両生類や植物のユリのゲノムサイズは大きく、昆虫やトラフグではゲノムサイズが小さい。
これはイントロンや遺伝子間のジャンクDNAの長さが原因と言われております。

進化の過程でゲノムサイズは増加していくが、あるときゲノムをコンパクトにすることが起こるためであるとも考えられているようですね。

現在の生物学ではゲノムを研究するゲノミクスを初めとして、
オーミクス (-omics) と呼ばれる、網羅的解析を特徴とする研究分野が盛んになってきているゲノムプロジェクトはゲノムの塩基配列を解読することを目標としており、いくつかの種では既に全ゲノム配列が解読済みでございます。

全ゲノム情報を明らかにすることで、有限の因子のなかで研究することができるとされております。
しかし実際には偽遺伝子も存在しており解決すべき問題が残されているのも事実です。

脚光を浴びているゲノム研究は SNPs 解析などを通じて医療分野への応用が期待されています。
またゲノムは情報でしかなく、実際に機能しているのは発現した RNA やタンパク質であり、
生命現象の理解にはこれらを知る必要があるわけなのです。

ゲノム解読以降の研究を総称してポストゲノムと呼ぶが、
新たにゲノムを解読する重要性がなくなるわけではありません。
ゲノムDNAからの転写産物 (トランスクリプト; Transcript) の総和としてトランスクリプトーム (Transcriptome)、
存在するタンパク質 (プロテイン; Protein) の総和としてプロテオーム (Proteome) があります。

また代謝産物 (Metabolite) の総和としてメタボローム (Metabolome) という概念もあります。
これらは組織や器官、細胞周期、生理・病理条件などで変化いたします。

特にプロテオームを扱う分野をプロテオミクスといい、ポストゲノム研究として最も注目されているのです。小生もこれにはぞっこん興味を持っています。
オーミクスでは、データを効率良く網羅的に収集し、
コンピュータによって解析するという手法があり、バイオインフォマティックスという分野が登場しました。
バイオインフォマティックスでは「ハイ・スループット」がキーワードの一つであります。

多数の生物種のゲノムが明らかにされ、
それらを比較することで生物進化を解析する上で有力な手がかりとなると考えられているわけです。
俺ってなんだったんだろう。どのような細胞レベルの進化でプロたんになったんだろう?
こんなこと1日電車の中で考えていると、世の中明るくなります。
人類を救うためのゲノム理論が、将来、自身を救うための医療に発展するんです。
素晴らしいと思いませんか?凄いお話です。感動しませんか?生命って何だろうって?

この関連書物を初めて見た時、電車の中で感動のあまり号泣してしまいました。不覚というよりも何というか。表現できません。
生きていてよかったと思ったのです。
病院の待合室で、どこかの「おばあちゃん」にこの話をしたら、
「ゲノムなんとかと言うのは、確かに素晴らしいことじゃが、今晩の孫のおかずの方が今は心配じゃがな・・・。」と。
ま、それも一理あることで。

皆さんもゲノムを勉強しましょうね。

お知らせ

17日までお盆休みとなりますので、
一時原稿掲載を中止いたします。

あれやこれやと・・・逆になりました。

アイコン

漢方の診察方について

プロたんでございます。先日、品川の駅近くの散髪屋さんに行き、「丸刈」にいたしました。
これからの「夏バージョン」と言えば聞こえは良いのですが、いろいろと事情があって、
医師と相談の上、思い切ってバッサリやりました。

病院の中にも理容室があるのですが、どうも、後ろに患者さんが並ぶと、お先にどうぞとやってしまう。
どうぞどうぞといい続けていたら、とうとう半日過ぎてしまった・・・。(笑)
そんなこんなで、たまたま品川に良い理髪店をみつけました。

関係ない話で恐縮ですが、本屋さんの隣にあります。ここの本屋のご店主に「安くて、上手な床屋」を探していると言ったら、
「隣がそうだ。」と、言われた。(笑)ウソッと思って横を見たら例のクルクル看板が立っていた。

入ったら、これまた本屋のご店主と同じ口髭を生やした店長がいたのには驚かされた。
なんとご兄弟と聞いて、なんだと、笑ってしまった。

話によると親の代からやっている老舗で、雰囲気もなかなか昭和初期の雰囲気があって、気に入った。
一番気に入ったのはご店主の気質であることは言うまでもないことであるが、なんといっても、
散髪鋏一本の世界、心地良く老朽化した流しの形、真鍮の留め金、なんとなく書院風の丸鏡、手入れの行き届いた調度品、
掃除しまくりの木の床など、とても懐かしく小生の楽しみとなっている。

「本当にいいんですか?」とご主人はためらったが、小生が事情を言うと、カミさんが奥からでてきて、
蒸しタオルで、真綿でくるむようにそっと「患部」を巻いて頂き、最後まで親切にして頂いた。
このBLOGもお読みになって頂いていると思うが、あの時は正直感激して涙がでました。
有難う。この場を借りて心より感謝申し上げます。
それから「病み付き」になり、何度もお邪魔してすみません。

仔細は抜きにして、きっとご子息もいつかは外国から愛用の鋏を持参し、お手伝いしてくれることでしょう。
親子のご縁は、決して鋏では断ち切れません。デンマークがどの方向か小生わかりませんが、子息の無事を
神に、そしてその方角へお祈りしております。
ご主人、親子の確執の背景は子の成長なのです。親も成長しなければなりません。
立派なご夫婦を神が見捨てるワケもございません。共に邁進しましょう。信じていれば、必ず子息は帰ってきます。

それにしても気持ちよいですね。涼しいです。でも日差しが強いとたまりませんので、外出時は帽子を
愛用しております。(笑)

さて、この文書は5月中旬に書き留めましたが、あまりうまくまとまらず、一旦没といたしました。
がくっ。TCさんのサーバーがなぜか固まり、小生のPDAから送信したファイル総てが
文字化けを起こすといういきさつもございました。

TCさんの責任は問いませんが、短気を起こした小生はとことんこの点を追及し、担当者を
つるし上げ、自身のめちゃくちゃな誤字脱字を棚に上げ、まったくもって汗顔の至りでございます。

「めぐ」のチーフ、川西女史からいろいろと諭され、業界の狭さを痛感すると同時に、皆様のご厚情に触れて、
はじめて我が身の足らなさを反省しております。

なんと・・・・その後、何人かのお客様から「漢方の診察方法」、「東洋医学」の診断について
今ひとつ理解が得られないとのご質問メールが、本サイト(プロたん薬局のweb)にも来ている
との業務からの連絡もあり、
恥ずかしながら、今一度没原稿を再度呼び起こしたというお粗末ないきさつでございます。

幸運ながら「めぐ」の川西様は大学時代、生物化学を修士専攻しておられた業界では「異色」の才女で、
まさに千載一遇の思いでございました。
次回、機会ございましたらゲノム創薬についてのご講釈をお受けしたいと楽しみにしております。

有能なマネージメント・ディレクターの矢澤くんまでご紹介を頂き感謝申し上げます。

さて、例の通り大幅に脱線いたしました。本題にはいりたいと思います。
漢方診察方法について・・・

当初からこのような事を申すのは、どうかと反省しておりますが、自信ございません。詳細につきましては、各ご高名な先生方が執筆されている書籍が販売されておりますので、
ぜひご一読されることをおすすめいたします。(ほとんど丸投げ状態)

6月上旬の原稿ですが、BLOG原稿が前後しております。この点、深くお詫び申し上げます。

漢方(かんぽう)、漢方医学(かんぽういがく)とは 伝統中国医学の系譜で、
日本では『傷寒論』(しょうかんろん)と『金匱要略』(きんきようりゃく)と呼ばれる古典の治療方法に基づいております。

現在は漢方薬による治療のみを指すことが多いのですが、元来は鍼灸や按摩、食養生なども含んでおります。

漢方という語は江戸時代にヨーロッパの医学(蘭方医学)が伝わり始めた頃に、
そちらと区別するために使われるようになったいきさつがございます。

また、明治時代以降は、皇方・皇漢方・和方・和漢方とも呼ばれました。

症状を含めたその患者の状態を証(しょう)と呼び、証によって治療法を選択するというのが大きい特徴かも知れません。
隋証論といいます。

証を得るためには、四診を行うだけではなく、患者を医師の五感でよく観察することがまず必要であるということも特徴です。
医師の経験論、つまり経験法です。

ご承知のように西洋医学では、患者の徴候から疾患を特定することを「診断」と呼び、
これに基づいて疾患に応じた治療を行います。

しかし漢方医学では、治療法を決定すること自体が最終的な証となります。
例えば葛根湯が最適な症例は葛根湯証であるというふうに。

証の分類と治療法の選択について、以下のようにさまざまな理論化がなされて参りました。

気血水理論による診察法

例えば気血水理論では、

気(き) ⇒人間の体の中を巡っている仮想的な「生命エネルギー」のようなもの。
血(けつ) ⇒西洋医学でいうところの血液ではない。
水(すい) ⇒西洋医学でいうところのリンパ液ではない。

の3つの流れをバランスよく滞りない状態にするのが治療目標となります。

陰陽五行理論による診察法

また、陰陽五行説も理論化に用いられております。

四診
治療法を決定するためには四診(望、聞、問、切)を行います。

望診(ぼうしん) ⇒医師の肉眼による観察。体格、顔色、舌の状態等。特に舌の観察をもとにした診断を舌診(ぜっしん)と呼び重要視される。
聞診(ぶんしん) ⇒医師の聴覚、嗅覚による観察。患者の声、咳の音、排泄物の臭いなどから診断する。
問診(もんしん) ⇒漢方独自の概念はあるものの、基本的には西洋医学と同様に家族歴、既往歴、現病歴、愁訴を問う。西洋医学よりも詳しく、一見無関係な質問も行い、全身状態の把握に努める。
切診(せっしん) ⇒医師の手を直接患者に触れて診察する方法。脈の状態から診断する脈診(みゃくしん)と腹の状態から診断する腹診(ふくしん)が特に重要である。

陰陽
陰陽は様々な文脈で用いられました。
例えば『傷寒論』では病状を陽と陰に分類し、それを更に三分類します。
これを三陰三陽といいまして、太陽病、少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病がそれらでございます。

概ね病状が活動的で、表に現れる場合を「陽」と表現し、逆の場合を「陰」と表現します。

難しいですかな・・・。

五行
『傷寒論』では分類用語であった陰陽は、宗代になると哲学的な文脈でも用いられました。
同時に五行説が取り入れられるようになったのです。

五行と五臓(西洋医学の臓器とは異なる概念すね)との対応は次のように考えられました。

木 ⇒肝
火 ⇒心
土 ⇒脾
金 ⇒肺
水 ⇒腎

表裏と虚実

実は体力の充実している状態、虚は体力の衰えている状態ですが、体のどこが虚しているかがとても重要です。

表実証 ⇒悪寒、頭痛、発熱があっても発汗しない
表虚証 ⇒悪寒、頭痛、肩こりがあり、脈が浮弱で、発汗しやすい
裏実証 ⇒腹部が充満し、便秘・口渇があり、脈が沈で力がある
裏虚証 ⇒腹部が力なく、食なく、下痢・嘔吐しやすく、脈が沈で弱い

気血水
気血水説は古医方を唱えた吉益東洞の考えを、長男の吉益南涯が敷衍した理論であると日本では言われておりますが『黄帝内経』に同じような記述も見られる節もありまして、
表現が違うだけで吉益東洞が考えたというのは甚だ疑わしいとする声もございます。

気滞証 (きたいしょう)

「気」の鬱滞が病気を起こすという発想は古くからみられ、後藤艮山によって大いに唱えられました。
血も水も気によって動かされるので、気の鬱滞は血、水の鬱滞をもたらすということです。

お血証(おけつしょう)

俗に「ふる血」と呼ばれる状態で「血」と呼ばれるものが停滞した状態です。

痰飲証(たんいんしょう)
痰は水、すなわち喀痰を含んだ体液全般を指します。狭義には胃内の停水をいいます。

漢方医学のこれらの理論は、のちに西洋医学から「非還元主義的である」「非科学的である。」又は
「あんなものは医学ではない。」などと批判されることとなりました。皆様周知の通りでございます。

しかし、漢方医学はもともと非還元主義的な、直感主義的な診察を選り好んで採用してきたのではなく、
漢方医学が発達を遂げた古代から中世までの時代においては、そうした診察法しか方法論的にありえなかった、という反論がなされているのです。
環境的にも、仕方のない手法であり、逆に言えば凄いことなのです。

西洋医学に基礎をおく現代の医療が、「還元主義的な医療」を念頭に置くあまり臨床検査データに頼りすぎ、
それゆえにかえって見えなくなる領域、治せなくなる病症がある状況を鑑みれば、
非還元主義的な漢方医療が現代においては、それに対する欠くべからざる補完的役割を果たしていることが指摘されるということです。一理ございます。

さらに「患者を医師の五感でよく観察すべし」という診察法は、どのような医学を修めた医師にとっても共通の指針であるともいえましょう。

それでは、どのような環境で漢方が発達してきたか、振り返ってみましょう。
まず中国漢方の歴史。

古代
殷代の甲骨文などには「医」「薬」といった文字は見当たらず、
まだ人々のあいだに医療という概念がなかったものと思われますが、やがて巫祝(ふしゅく)と呼ばれる、集落の神事とともに人々の病も癒すシャーマン的存在があらわれることになりました。
最初の医療は、今でいう「占い」「魔よけ」にあたるものが主流でしたが、
やがてそこへ生薬などの「薬物療法」や、鍼灸の原初的段階が組み入れられていくのです。
それとともに巫祝も、巫を専門とする神官的な存在と、医を専門とする医師的な存在に別れていったと考えられております。

こうして秦以前にも扁鵲(へんじゃく)などの名医の存在が数々の記録に残っており、
たとえば扁鵲は六不治の一つとして「巫を信じて医を信じざればすなわち不治」をかかげ、すでにこの時代に医者とシャーマン的な存在、すなわち医学と宗教ははっきり分離していたことをうかがわせるのです。
凄いお話しでございます。

中古
前漢(紀元前202年〜紀元8年)の時代には『黄帝内経』という現在知られている最古の医書が編纂されております。
後漢(25年〜220年)の時代に張仲景により『傷寒雑病論』が編纂されました。
張仲景は「ちょう有名」です。

ただ、この『傷寒雑病論』は、長い戦乱で散逸し、雑病の部分だけが見つからず、
『傷寒論』だけが残り、孫思邈の『千金要方』などに、引用文などが書かれてはいたものの、
『雑病』にあたる部分は発見されずにおりました。

北宋時代に王洙が『金匱玉函要略方』を発見し、その後半部分が『雑病』の部分にあたるとして、
林億らによって、『傷寒論』と重複する部分を分けられ、『金匱要略(正式名称は金匱要略方論)』として、
世に出回ることになったのです。

ちなみに、張仲景は、『傷寒雑病論』の序文において、『黄帝内経』を理解してから読まなければならないと書いており、
『黄帝内経』も読まずに『傷寒論』『金匱要略』を軽々しく扱うことには疑問視する流派もございます。

『傷寒論』は現在医学でのインフルエンザと推測される急性熱性疾患をモデルに病勢の進行段階と治療法を論じたとする流派もありますが、
『傷寒』とは狭義の意味は急性熱性疾患であるが、広義は熱性疾患のみに留まらぬ意味もあるため、これもまた意見の分かれるところでもございます。

総合的に、伝統中国医学は張仲景によって初めて理論的に体系化されたとも言われるのです。

中世
金・元時代(960年〜1367年)には金元四大家と呼ばれた劉完素、張子和、李東垣、朱丹渓らが現われました。

『黄帝内経』の理論を元に六淫理論、四傷理論といった新しい理論が表されました。
一方南宋では「太平恵民局」という公立の薬局が設けられて医者や官民に良質な薬を提供するシステムが構築され、
宋慈が『洗冤集録』という世界初の本格的な法医学書を著しており、こうした成果は南宋を滅ぼした元王朝にも継承されました。

また、明の時代に医師の李時珍が『本草綱目』を著して薬学・本草学の分野でも大きな進歩があったことは東洋医学を志す方であればどなたでも周知していることでございます。

さて、我々日本における漢方の発展についてはどうでしょうか・・・。
以下、まとめてみました。

古代~中古
日本には朝鮮半島を通じて、あるいは遣隋使・遣唐使によって中国から伝えられたと言われております。
982年には現存する日本最古の医書『医心方』が丹波康頼によって編纂されました。

13世紀頃には禅宗の僧が医学の担い手となったわけです。

中世
日本で現在の漢方医学といわれるものが発展するのは16世紀になってからでしょう。
明に留学した田代三喜は金元医学を学びました。

その弟子であり織田信長に重用された曲直瀬道三は金元医学を解説した『啓廸集』を著わし、
また医学舎「啓廸院」を創り多くの弟子を教えたことは有名な話です。

金元医学を元にした医学はのちに後世派(ごせいは)と呼ばれます。

この時代に医学と宗教の分離が行われたことも一つの節目かも知れません。

近世
17世紀には名古屋玄医が『傷寒論』への回帰を訴えました。
後藤艮山、香川修庵、山脇東洋、吉益東洞らがこれに続いたわけです。

この流れは古方派(こほうは)と呼ばれます。
後世派が陰陽理論や五行理論といった抽象的な理論に基づくのに対し、古方派は実証的に『傷寒論』を解釈することに務めました。
しかし古方派の実証主義が結果的には西洋医学流入に伴い漢方医学が衰退する一因となったと言っては言いすぎでしょうか。

近代
明治以降は西洋医学を学び医師免許を取得しなければ医師と名乗ることが出来なくなりました。周知の通りでございます。
現在でもこの規程は有効であり、純粋の漢方医は事実上、日本には存在しないことになります。

ここに至り遂に漢方は壊滅の危機に瀕しましたが、1910年に和田啓十郎が『医界之鉄椎』、その弟子の湯本求眞が『皇漢医学』(1928年)を著わし漢方医学の復権を訴え、
西洋医学を学んだ医師が漢方も学び実践する形で生き長らえたわけです。

現代
1950年には日本東洋医学学会が発足しました。小生がなんと一歳の時でございます。
激動1976年、漢方方剤のエキス剤が健康保険適用になり、広く用いられるようになりました。

医学部で西洋医学を学んだ医師たちのあいだでも、かなりの人々が漢方医学に関心や理解を示すようになりましたが、
陰陽五行説など確固たる漢方理論に基づいて漢方医学を理解している専門家は、
2006年8月現在、残念ながらまだ一握りと言わなくてはならないでしょう。

いろいろ、つらつらと書いて参りましたが、漢方の体系そのものが自然と融合し、調和を保つことを念頭に置かれているため、
ややもすると神秘的に、誤解を受けているのが事実かも知れません。
しかし、気の遠くなるような長い年月をかけての治験、人体実験を繰り返しての編纂された学問体系は、実践的でもあり、
現代医療と十分に併用、補完、又は単独で用いることのできる手法であると小生は思っております。

北海道のMK様、大阪のT様、山梨石和のK様、甚だ簡単な説明を含めての拙い回答とさせて頂きます。

「めぐ」

サイトカインについて

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過日はプロたん薬局のお客様で、実際に大学にて教鞭をとられている先生からお便りを頂きました。

何か、サイトカインについてご研究されているとのことで、興味しんしんお話しを伺ったのですが、
小生があんまり詳しいので、驚いてらした。本当はそんなに詳しくは知りません。
ほんの聞きかじり、読みかじりでございます。

そうそう、プロたん氏は薬剤師さんだったのですね・・・というご返信をも賜りました。(笑)
いえ、私は薬剤師である前に「一人のおやじ」であり、「患者」でもあると・・・。(笑)

この文書は7月中旬に品川駅構内近くにあるとても美味しい「コーヒースタンド」中でPDAでカキカキしたものを
掲載しております。
全国からの「おやじBLOG」感想メールに対応してのご返信にはPDAで送信しておりますが、なんせ誤字脱字だらけで、
ホーム掲載していたTCさんが、とうとう追いつかずでお手上げ。
ついに校正プロの「めぐ」さんのご登場とあいなった。
各位におかれましては、ご返信が甚だ遅れ傾向で申し訳ありません。

そうそう、ここの「コーヒースタンド」ではワシもすっかりと「馴染み」となり、行くとすぐに「特製ジュース」を
私の携帯魔法瓶(冷却ポットというらしい・・が)に詰めてくれるお嬢さんが「すぐに作りますね。」と笑顔。
本当に美人で気立ての宜しい娘だ。
マスターのお父さんの手伝いをしていて、お金を貯めて外国旅行に行くそうな。
マスターのご趣味はパイプタバコということだそうだ。珍しいパイプを何本も鑑賞させて頂いた。
ワシはタバコもコーヒーも禁じられているので、話相手にもならず申し訳ないが、それでも以前、パイプの歴史について、
とことん研究した時期もあったので、話が合った。

それはそうと、話が脱線したので、本題の「サイトカイン」に入ります。

サイトカインとは、細胞から分泌されるタンパク質で、特定の細胞に情報伝達をするものを言います。
多くの種類があるが特に免疫、炎症に関係したものが多いのです。

また細胞の増殖、分化、細胞死、あるいは創傷治癒などに関係するものもあります。

ホルモンと似ていますが、ホルモンは分泌する臓器があり、比較的低分子のペプチドが多いのです
(しかし、サイトカインとホルモンは、はっきりとした区別があるものではなく、エリスロポエチンやレプチンなど両方に分類されることがあります)。

また、リンパ球に由来するサイトカインを、リンフォカインということが多いと思います。

一部は医薬品として現在用いられています。

サイトカインは分子量8から30kDaほどで、ピコモル程度の低濃度で生理活性を示すと言われております。

サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体(それ自体がチロシンキナーゼまたはチロシンキナーゼと共役するものが多い)に結合して働き、
それそれに特有の細胞内シグナル伝達経路の引き金を引き、結果的には細胞に生化学的あるいは形態的な変化をもたらします。

サイトカインは多機能的、つまり単一のサイトカインが標的細胞の状態によって異なる効果をもたらします。
例えば免疫応答に対して促進と抑制の両作用をもつサイトカインがいくつか知られているのが現状のようです。

またサイトカインは他のサイトカインの発現を調節する働きをもち、連鎖的反応(サイトカインカスケード)を起こすことが多いのです。
このカスケードに含まれるサイトカインとそれを産生する細胞は相互作用して複雑なサイトカインネットワークを作ります。

たとえば炎症応答では白血球がサイトカインを放出しそれがリンパ球を誘引して血管壁を透過させ炎症部位に誘導する。
またサイトカインの遊離により、創傷治癒カスケードの引き金が引かれるのです。

サイトカインはまた脳卒中における血液の再還流による組織へのダメージにも関与すると言われております。
さらに臨床的にはサイトカインの精神症状への影響(抑鬱)も指摘されている昨今でもあります。

サイトカインの過剰産生(サイトカイン・ストームと呼ばれる)は致死的であり、
スペイン風邪やトリインフルエンザによる死亡原因と考えられているのは皆さんご承知かと思います。

この場合サイトカインは免疫系による感染症への防御反応として産生されますが、
それが過剰なレベルになると気道閉塞や多臓器不全を引き起こす(アレルギー反応と似ている)。
間接的には、小生が現在背負っている疾病に由来することなのです。

これらの疾患では免疫系の活発な反応がサイトカインの過剰産生につながるため、
若くて健康な人がかえって罹患しやすいと考えられいます。
小生はそれほど若くなく「爺」ですので、進行が遅いのかも知れません。

サイトカインはすでに数百種類が発見され今も発見が続いています。
機能的には次のように分けられます(ただし重複するものも多い)。

インターロイキン(IL):白血球が分泌し免疫系の調節に機能する。現在30種以上が知られています。

同様に免疫系調節に関与するもので、リンパ球が分泌するものをリンフォカインと言います。
また単球やマクロファージが分泌するものをモノカインということもあります。

ケモカイン:白血球の遊走を誘導します。

インターフェロン(IFN):ウイルス増殖阻止や細胞増殖抑制の機能を持ち、免疫系でも重要ですね。

造血因子:血球の分化・増殖を促進します。コロニー刺激因子(CSF:マクロファージを刺激)、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、エリスロポエチン(EPO:赤血球を刺激)などがあります。

細胞増殖因子:特定の細胞に対して増殖を促進します。上皮成長因子(EGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、肝細胞成長因子(HGF)、トランスフォーミング成長因子(TGF)などがあります。

細胞傷害因子:腫瘍壊死因子(TNF-α)やリンフォトキシン(TNF-β)など、細胞にアポトーシスを誘発します。これらは構造的にも互いに類似しTNFスーパーファミリーと呼ばれます。

アディポカイン:脂肪組織から分泌されるレプチン、TNF-αなどで、食欲や脂質代謝の調節に関わります。

神経栄養因子:神経成長因子(NGF)など、神経細胞の成長を促進します。

また構造的な類似から、多くのインターロイキンやCSF、G-CSF、EPOなどをまとめてI型サイトカイン、インターフェロンやIL-10などをII型サイトカインとも言われています。

コペンハーゲン大学医学部の教授(Bente Klarlund Pederson)により命名された[マイオカイン]と呼ばれる[運動因子]誘発型インターロイキン6の一種が、最近になって成長ホルモンを増量させる効果があると言われるようになって参りました。

後にサイトカインに分類されたタンパク質の中で、最初に見つかったのはインターフェロンで、
1954年に長野泰一らがウイルス干渉因子として発見したものが最初の報告とされています。

ただし、インターフェロンの名は、Aアイザックらが1957年に同様の因子を独自に発見したときに名付けたものであり、これが最初の発見とする研究者もいるのです。
また1960年代にはEGFが、1960年代半ばにはマクロファージ遊走阻止因子(MIF)が発見されました。
ただし、この頃はまだサイトカインというカテゴリは存在しておりませんでした。

1969年、ダドリー・デュモンド(Dudley DuMonde)が、これらの分子が、
いずれも広義の白血球(リンパ球、単球、マクロファージを含む)によって産生されることに着目し、「リンフォカイン」(lymphokine:白血球を意味する接頭語 lympho- とギリシア語で「動く」を意味する kinein からの造語)と総称することを提案しました。
その後、白血球の種類によって、産生する分子に違いが見られることから、特にリンパ球系の細胞が産生するものは「リンフォカイン」、単球系(単球とマクロファージ)が産生するものは「モノカイン」(monokine:mono-は単球を意味するmonocytesに由来)と総称されるようになったわけです。

1974年、スタンリー・コーエンらが腎臓培養細胞からMIF様因子を見出し、
これまで白血球のみが作ると思われていたリンフォカインが、それ以外のさまざまな種類の細胞によっても産生されていることを発見しました。
このため、コーエンはリンフォカインに代えて「サイトカイン」(cytokine: cyto-は「細胞」を意味する接頭語)という名称を提案し、
1980年頃までにはこの名称が受け入れられ、広く使われるようになったといういきさつです。

・・・というわけで、「サイトカイン」について、ほんのさわりだけで、申し訳ないのですが、ごく簡単に説明いたしました。
徳島県のBさん、鹿児島国分のN先生へのご回答とさせて頂きます。

なお詳細につきましては、各大学の医学部サイト又は大学院(主に生命科学)のwebサイトに記述されておりますので、
ご参照くださいませ。
また、アポトーシスのご質問につきましては、何度かご返信はいたしましたが、詳細については小生の知る限り、
日本大学農芸化学の研究室で、学会発表などされているようですので、そちらへお訪ね頂きたいと存じます。
理由にはなりませんが、アポトーシスに関連しての学術は多分にゲノムにも連携することですので、
現在、小生も勉強中でございます。
記述できるようにまとまりましたら、その折、掲載させて頂きます。

エリテマトーデス

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エリテマトーデスについて

最近何人かのお客様よりエリテマトーデスについてのご質問がございました。

ご承知のように解明されていない疾病ですので、小生の知る限りの情報を記載させて頂きます。

よくリウマチは知っているが「エリテマトーデス」って何だ?ということでございます。

「膠原病」のことでございます。

近代に入って、全身性エリテマトーデスといった古典的なリウマチ疾患を初めとした様々な疾患の病態が解明されていき「リウマチ:関節をおかす疾患」といった概念でまとめるのが難しくなり、臨床像による概念から病態による「全身の臓器をおかす疾患」という概念に発展していっていった経緯がございます。

現在では病理学的にこれらの疾患がコラーゲン(膠原)のある部位が侵されていたということに由来して、「膠原病:collagen diseases」という疾患概念が誕生し、またコラーゲンのある部位とは専門的には結合組織と言われることから「結合組織病connective tissue diseases, CTD」とも言われるようになりました。

日本でも現在は一般的に「膠原病」という呼び名が定着している模様でございます。

最近では、病態としてこれら疾患の発症には免疫が関与していることが判明しており「自己免疫性疾患autoimmune disorders」という概念が確立され、膠原病だけでなく、クローン病や潰瘍性大腸炎等といった幅広い疾患を含んだ概念が確立してきました。

膠原病は、全身疾患であると言われます。

すなわち、心臓病は心臓に、腎臓病は腎臓にしか病気が起こらないのに対して、膠原病は体中のありとあらゆる臓器に病変をおこしうえます。

ただ、その中でも病変がおこりやすい臓器とおこりにくい臓器があり、特に皮膚病変と肺病変は多いのですが、その理由はさだかではありません。

また、単一の膠原病だけでも多臓器病変がおこりやすいにもかかわらず、膠原病どうしも合併しやすい傾向があって、わざわざオーバーラップ症候群という診断名があるほどです。

ご承知のように膠原病は原因がわかっておらず、治療法もわかっておりません。

したがって、膠原病学の最大の目標は、「膠原病の治療法の探索」でありましょう。

内科学の各分野において、神経内科と肩を並べて満足な治療法が存在しないのが膠原病学でもあります。

神経内科との違いとしては、強皮症をのぞいては「対症療法」的な治療法が存在するということです。

つまりステロイド療法または免疫抑制療法です。

これらは膠原病を治癒させることはできませんが、病勢をおさえることは大抵できます。

そのほとんど全ては発症原因がわかっておりません。
唯一の例外がリウマチ熱でしたが、現代ではまれな疾患になっているようです。

従って治療方針は対症療法にならざるをえません。

リウマチ科の扱う疾患は免疫が大きな役目を果たしており、免疫の力を弱める薬が治療において有用です。

その為、ステロイドや、癌の治療にも使われる免疫抑制薬(メソトレキセート、タクロリムス)などが免疫力を弱める薬としてリウマチ科でも利用されています。

20世紀末頃から、分子レベルまで解明された病態生理学を利用して、分子レベルで疾患をおさえにかかる薬も現れています。

現在はリコンビナント技術を用いて特定のサイトカインネットワークを遮断する試みがうまくいき、次々と新薬が投入されています。

特に目覚しいのが関節リウマチであり、インフリキシマブ、エタネルセプトなど次々と効果の大きい新薬が使用開始されています。

インフリキシマブ(Infliximab)は、難治性の多くの関節リウマチ患者に劇的な治療効果を示すのみならず、強直性脊椎炎などその他の疾患にもその治療応用を広げているようです。

リウマチ・膠原病に関しては、疾患群として巨大であり、先進諸国の資金援助が豊富に受けられる医療分野でありながら、21世紀に入ってもこの疾患が起る原因の手がかりはつきとめられておらず、治療は全て発症後の対症療法であって、リウマチ・膠原病患者のほとんどは、治療のために薬を一生継続することを強いられているのが現状です。

これら多くの薬剤も病気を完全になくすことはできず病気の真の発生機序とそ治療法の発見がのぞまれております。

画期的な膠原病のお薬が完成されたら、まさにノーベル賞ですな。

ステーキのハナシ

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ご返信が遅くなり、申し訳ありません。

東京のH様、たびたびメールを賜り、有難うございました。
好きな牛肉もおちおち食べられないとのオチがつきましたが、ごもっともです・・と、言う前に、そんなストレスのお気持ち
でしたら、ステーキなぞ食べなければよろしいのにと、ついつい食事制限を強いられている我が身を嘆き、食べられる方を
妬んでか、ついあらぬ意見を言ってしまう小生の反省です。
お許しくださいませ。

プリオンにつきましては、もちろん仮説としてですが、H様(研究所ご勤務??)の意見に小生は賛同いたします。

プリオン(Prion)は、「感染能を持つ蛋白質因子」を示す英語(proteinaceous infectious particle)から作られた言葉で、
バクテリアやウイルスと同格の用語です。

哺乳類のプリオンが良く知られていますが、酵母のSup35など他の生物でも数種類のプリオンの存在が知られています。
1982年にスタンリー・B・プルシナーが発見した経緯がありますね。

彼はこの功績で1997年にノーベル生理学・医学賞を単独で受賞したことは皆さん知っての通りでございます。

正常プリオン蛋白は主に神経細胞膜上に付着して存在しています。
ヒトでは253個のアミノ酸からなり、C末端には約20のアミノ酸からなる疎水性領域が、
N末端には22のアミノ酸からなるシグナルペプチドがあります。

正常プリオン蛋白はαヘリックスに富んだ構造を持ち、
現在ではαヘリックスを形成するアミノ酸十数個からなる4ヶ所のドメインも同定されているようです。

正常プリオン蛋白の生理機能も徐々に判明しつつあります。

遺伝子操作で人工的にプリオン欠損マウスを作り出したところ、出生直後は正常に発育するものの、
発育するにつれ運動失調や長期記憶、潜在学習能力の低下が認められるようです。

したがって、正常プリオン蛋白は神経細胞の発育と機能維持に何らかの役割があると考えられているわけです。

哺乳類で感染能を持つプリオンは、「異常プリオン蛋白」と呼ばれる物質から構成されると考えられています。

異常プリオン蛋白は、羊のスクレイピーやクロイツフェルト・ヤコブ病や牛海綿状脳症で中枢神経系の神経細胞に蓄積することが確認されており、
それらの疾患の原因物質であるとする説が有力なようです。

プリオンが体内へ取り込まれると、
哺乳動物の脳・脊髄を中心に分布する蛋白質の一種であるαヘリックスに富んだ正常プリオン蛋白の立体構造がβシートに富んだ異常プリオン蛋白の立体構造に変換されてしまうと考えられています。

つまり、H様が強調される遺伝子でコードされた蛋白質のアミノ酸配列が変化するのではなく、
同じアミノ酸配列を保ちながらペプチド鎖の折りたたみ構造が変換されてしまうということですね。
このため、プリオンは無生物ながら、感染症の病原体としての取扱いが求められる特異な例かも知れません。

異常プリオン蛋白は一般的な滅菌処理などでは活性が完全に失われず、
国際獣疫事務局(OIE)では、不活化するためには、133℃・3気圧・20分のオートクレーブ滅菌による熱処理が必要との国際基準が設けられています。

甚だ恐ろしいことです。
このため異常プリオン蛋白を含有すると予想される品物の取扱いには厳重なる注意が必要であることは小生が言うまでもないことです。
狂牛病問題の日本での注目が高まったことで、プリオンの知名度は数年で爆発的に上がっている。しかしプリオン仮説は上記のように、蛋白質が病原菌に類似した行動をおこす場合についてを説明する一つの仮説にすぎず、どのような機序でそうした蛋白質の作用が起こるのか等、解明されていない点が多い。 また、生物学者コッホがまとめたコッホの原則において病原体を認定する指針のうち、一つをパスしていないという指摘がなされており、それに対する有効な反論は未だなされていない。そのため、今日でも、病原体としては認められないという立場をとる研究者も存在する。

狂牛病等に関して言えば、未発見のウイルスによるものではないか、という研究も続けられており、
今後、プリオン仮説が覆される可能性もなくはないですね。

実際C型肝炎のウイルスが見つかるまでに20年弱を要したように、ウイルスによる感染症の場合、病原体の発見が困難なことはまれではないわけです。
テレビ等で、皆さんご承知のように、日米の貿易摩擦など、高度に政治的なバックグラウンドで紹介されたために、
多くの科学的知識同様、仮説に過ぎず、それも多くが実証されていないにも関わらず、社会的な認知を得てしまった。

細菌・ウイルスなど、ある程度実験的に検証された実績のある病原体と比べると、
いまだその全貌が解明されていない曖昧な仮説であるということを忘れてはならないということです。
H様の研究と今後のご活躍をお祈りいたします。

心配している外国のハナシ2

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つい先日、広島にお住まいのS様より、原爆についての貴重なご意見を
伺い、思わず目頭が熱くなりました。深謝申し上げます。

六ヶ国協議についてのご意見、北朝鮮の核の脅威について小生の考え方等を問われるご質問があったと存じますが、
この件に関しましては、紙面掲載はご容赦ください。

ただ、今までの経緯と観察は、小生なりに把握はなんとかしているとだけしか追記できず、いずれ何かの機会に白眉の上、
お話しできればと存じます。

情けない限りですが、下記記述をもって小生が心配している外国事情のハナシ2としてお汲み取りくださいませ。
現状の小生にはこの題材はあまりにも重過ぎるのです。

核兵器保有宣言と六ヶ国協議について

2003年11月に、KEDO理事会は軽水炉の建設を2004年10月まで停止することを決めました。

しかし、当事者である北朝鮮と核開発を懸念した五カ国(中国、米国、日本、ロシア、韓国)の間で、
現在「北朝鮮の核開発に関しての査察」について協議している。これが六ヵ国協議ですね。はい。
しかし2005年2月10日に北朝鮮政府は六ヶ国協議の中止と、核不拡散条約(NPT)脱退、
さらに核兵器保有宣言を行ったわけです。

北朝鮮一流の瀬戸際外交との見方も強いが、これによって北朝鮮核問題が新たな局面を迎えたとも言えましょう。
その後北朝鮮への五ヶ国による協議復活への説得が続けられ協議は再開したが、今のところ核開発計画を断念する気配は見せていないわけですね。
日本は核開発放棄以外、北朝鮮との重要問題である北朝鮮拉致問題も六ヶ国協議に加えているが、
中・韓・朝・露は拉致問題を持ちこむことに対して後ろ向きの姿勢を見せているということです。正直何とも言えませんね。

しかし、日米は核問題と人権問題(日本人拉致問題含)で連携することを確認しました。これは進歩があったと思います。
また米政府、デトラニ・6か国協議担当特使は、拉致問題の解決が北朝鮮の国際テロ支援国家指定を解除する条件と述べております。
第4回協議で採択した共同声明履行のため、日米は人権問題の作業部会の設置を検討しているとも伺いました。

KEDOは2005年11月22日、ニューヨークで理事会を開き、軽水炉建設事業を廃止することで合意しました。

これを受け、北朝鮮は朝鮮中央通信を通じ同年12月20日、「ブッシュ政権はわが国に対する軽水炉提供を放棄した」
と米国を非難、「わが国は5万キロワットと20万キロワットの黒鉛減速炉と関連施設により、独自の原子力工業を積極的に発展させる」とし、
また、軽水炉についても「いずれ独自の開発で建設する」と発表して、黒鉛減速炉建設の再開と、軽水炉建設によって、
自衛力強化を図る意向を表明したのは周知の通りでございます。

米国務省スポークスマン、ジャスティン・ヒギンズ (Justin Higgins) は、
核開発事業の廃止と核兵器開発の断念を要求している。と、いうことです。果たして結果はどうなるのか、小生にはわかりません。

核の脅威について
これは怖いです。
現在、北朝鮮が保有しているとされる中距離弾道ミサイルは数種類あり、
射程は1000km~4000kmほどあるといわれ日本全土が射程内に入ります。

また、射程6700km以上とも言われるミサイル(テポドン2)も開発中であるとされ、
もしこれらのミサイルに核弾頭を 搭載すれば周辺諸国はもとより北アメリカ大陸の米国の州、
アラスカまでミサイルでの核攻撃が可能となるわけです。

また、北朝鮮は外貨獲得の為、ミサイル関連技術を他国へ輸出しており、
大量破壊兵器の拡散に繋がらないかと各国から懸念されているのが現状ですね。

また、北朝鮮は外貨獲得の為、ミサイル関連技術を他国へ輸出しており、
大量破壊兵器の拡散に繋がらないかと各国から懸念されている現実も見逃せません。

感想文にもなりませんが、この辺で筆を置きます。ご容赦ください。

心配している外国のハナシ1

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本日は珍しく時事のはなし。

中東戦争について整理してみましょう。
・・・というのは、過日、富山県の大学生の方から、現在の中東の不穏な動きをどう思うか??歴史的背景をどのように理解されているか?というご質問がございました。

あいにく小生は時事にうとい「じじい」でございます。
現在は車は運転しておりませんので、ガソリン代が値上がりしたとしても、所詮他岸の火事ぐらいにしか感じ