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「書く」行為について

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最近の若いモンは「書く」ことを知らないと親父連中らから耳にする。

果たしてそうであろうか?

これら、オヤジらに直接その理由を聞いてみたら。昔は手紙で書いたが、今時の連中らは携帯電話で「話す」ことから始まると言う。
だから、ワシらの時代にはそんな便利ツールなどなかったから、恋文も紙で書く時代があり情緒があったと自慢げに話す。

果たしてそうであろうか?

とんでもない間違いであるとワシは思う。

正確なデーターについては、ワシはとんとわからぬが、お若い方々が持っている携帯電話は、既に電子メールツールへ移行していると言ってよいほど、
過言ではないはずだ。

誰かとおしゃべりを延々と、携帯電話でする時代はとっくに終了し、現在はいかに「美しく」、「スマート」にメールを送信するかということ、
又は携帯電話で活用できる別のカテゴリー、例を挙げれば「TV」、「音楽」、「地図」、「電子マネー」等・・・・ありとあらゆる情報付加が優先される。

だから、メール(手紙)は日々書いている(正確に言えばタイプしている)はずである。少なくとも前者のオヤジ連中らよりも・・・。

だから、むしろ「話さなくなった。」と、いや高い通信料を払ってまで「話すこともなかろう。」と言うのが正しい理由であると思う。
駅の構内や、携帯禁止の病院の中まで堂々と、紅顔無恥に大声で携帯で話しているオヤジらの方がダサいし、
若い方々の相手の状況を尊重した「メール」。つまりタイムリーなやりとりの方が、余程能率的であるように思えてならない。

人は文を書くことが好きな動物だ。
大袈裟な話、人類は書くことを覚え、進化し歴史を書きとめながら、さらに進化してきたと思う。

パピルス(紙)、石版、竹簡、亀甲、壁、果ては今日の電子化されたディスプレイに至るまで、様々なものの上に書き記してきた。
書く欲望がほとばしる「筆記」という動作に変化し、それが節となり文章となり、ある時は他の者に感銘を与える文学として変革してきた。

文字を覚え、書くことを知り、さらに「残す」という歴史づくりの喜びはおそらく人類しか味わえない、この上もない喜びであろう。
作文は最初は誰でも苦手であるが、他の者に評価を受けて、又は批判されて、初めて「生きる」。

作文は、単なる学習の課題であるだけでなく、思考をまとめ、表現する活動としても重きを置かれている。
欧米の大学では、「Writing」として教養課程で作文を実施しているところもある。
日本の大学教育では、比較的軽視されている傾向がある。

だから「書く」ことを知らないなどと、ワケ解らんことを言う親父がいるのも事実だ。

周知のように、電子メールは「書く」というより主に指を使用してキーボード、又は携帯電話のキーを指で押して作成する。
鉛筆で書くという作業はないが、文字変換も瞬時にすませ、つらつらと文章を綴り、「ピッ」と相手に送信できる。
受け側も、即、相手の意思を確認把握できるからとても便利だ。
だから、一般的な「手紙」である葉書や「封筒による手紙」は公式文書、冠婚葬祭用と考えている人々が既に半数以上いるのではないかと思う。
インターネットの進化とともに、電子メールの発達はめざましく、物凄いものがある。

メールはインターネットの普及以前にコンピュータ通信手段として広く行われていた。
いわゆるパソコン通信でも、加入者同士で文書のやり取りを行うシステムが「電子メール」として提供されていた。

ただし、パソコン通信では、一般的に、通信が1つのパソコン通信システム内にとどまっていたので、
他とのシステムとの間での電子メールの交換機能などの相互通信機能は、一部のケースを除きほとんどなかった。

また、各パソコン通信システムごとに独自のシステムが構築されていた事が多かったため、
ユーザインタフェース等についても互換がなかった。
しかしその後、インターネットの普及に伴い、大手パソコン通信システムとインターネット間で相互に通信が可能にもなった。

メール友達(メル友)も、流行になった時期があったのも記憶に新しい。

インターネットが普及し始めた頃(あるいは現在も)はBBSの書き込みやブログのコメントさえも含めて「メール」と呼称していたライトユーザが多かった。
また、携帯電話やPHS間でごく短い文字メッセージ(メール)をやりとりする、ショートメッセージサービス
(SMS、iモードなどの携帯インターネット接続サービス開始前より行われている)も、広義の電子メールに含まれると思う。

日本では導入経緯から、e-mail、EメールはRFCに準拠した、UUCP/SMTPのプロトコルを使用した電子メールに限って用いられてきた。

最初の電子メールは1965年、汎用機上のタイムシェアリングシステムの複数ユーザーが相互に通信する方法として使われ始めた。
正確なところは不明だがその類の機能を持つ最初のシステムとして、
SDC(ランド研究所からのスピンオフでSAGEのソフトウェア開発を行った会社)のQ32システムとMITのCTSSがある。

電子メールは間もなくユーザーが異なるコンピュータ間でメッセージをやり取りするための「ネットワーク電子メール」に拡張されていく。
1966年には異なるコンピュータ間で電子メールを転送していた。
(SAGEでの詳細は明らかではないが、もっと早い時期に実現していたかもしれない)

ARPANETは電子メールの発展に多大な影響を与えた。
その誕生直後の1969年にシステム間電子メール転送の実験を行ったというリポートがある。
BBN社のレイ・トムリンソンは1971年にARPANET上の電子メールシステムを開発し、初めて@を使ってユーザー名とマシンを指定できるようにした。

ARPANETでの電子メールの利便性と利点が一般に知られるようになると、電子メールの人気が高まり、
ARPANETへのアクセスができない人々からもそれを要求する声が出てきた。

タイムシェアリングシステムを代替ネットワークで接続した電子メールシステムがいくつも開発された。例えばUUCPやIBMのVNETなどがある。

1982年、ホワイトハウスは国家安全保障会議(NSC)スタッフのために IBM の電子メールシステム Professional Office System (PROFシステム)を採用した。
1985年4月、このシステムがNSCスタッフ向けに完全動作するようになった。
1986年11月、ホワイトハウスの残りの部分もオンライン化された。
1980年代末ごろまではPROFシステムだけだったが、その後は様々なシステムが導入されている(VAX A-1(オールインワン)や、cc:Mailなど)。

ま、そんなわけで、今日は電子メール⇒掲示板⇒ブログと、変遷してきた。
ペン⇒キーボード⇒PDAペンスキャナーとは一概には言えないが、この先「書く」という行為がどのように変化していくのかとても興味がある。

ほとんど誰とも「会話」をしなくなった自分。
それでは、果たして「書く」ことはできているのか?

最近、そのようなことを、ふと思った小生である。

8月7日原稿
「めぐ」